同人ユーザーがDLsiteに怒るべきこれだけの理由

この記事は、DLsiteという場所が急速に存在感を拡大する中で、同人文化の中で生まれる小さな矛盾を取りこぼしていくのを、ユーザーはただ見守るしかなく、おそらくDLsite自身も、ただユーザー数を増やすことしかできなくなっていることへの応答として書かれましたが――それについてすべて論じるには紙面も能力も足りないので――2021年12月のいわゆる「DLsiteでにじさんじの成人向け作品が発売中止」という出来事について、プラットフォーマーとしてのDLsiteに対して批判的な主張を行います。

また、この記事は次の主張を行うことを意図しません。同時に、私はそのように考えてもいません。

  • コンテンツ販売プラットフォーマーは、二次創作作品を事後的に削除するべきではない *1
  • にじさんじとDLsiteはコラボ企画を中止するべきである *2
  • VTuberはASMRなどの音声コンテンツをDLsiteで販売するべきではない *3

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さて「DLsiteでにじさんじの成人向け作品が発売中止」について (私の観測範囲では)それなりの反応が起こっているのですが、残念なことにニュースサイト等で取り上げられる類の話題ではないようなので12/17追記 ねとらぼによるエイシスへの取材記事が公開されました DLsiteでにじさんじ作品が一斉販売停止に エイシス広報に販売停止に至った経緯を聞いた - ねとらぼ)、まずは事実関係を軽く整理しましょう。

【12月8日18時】DLsiteから「にじさんじとDLsiteとのASMRコラボ」が発表される

リプライを見るとかなり好意的に受け止められています。にじさんじではこれまでもボイスコンテンツをBOOTHやにじさんじオフィシャルストアで販売していますが、ファンにとってうれしいコラボということでしょう。いま調べて分かったのですが、まだあと5回配信があるんですね。結構大きな企画です。

【12月10日14時】 DLsiteの「にじさんじ所属ライバーを題材とした成人向け作品」が販売停止される
DLsiteで「にじさんじ」の成人向け作品が発売中止へ - Togetterで通告メールの文面が読めます。実際のところ何が起こっているのかわかりにくいのですが、ANYCOLOR株式会社が(権利者として?)販売を中止するよう「要請」し、DLsiteは該当作品を順次「販売停止」措置を行い、そのお知らせが販売者にメールで届く、という経緯のようです。ほぼ告知なしの即停止です。また、「成人向け作品」であることが要請の理由であることも明言されています。

【12月10日16時】 「コラボ企画」第一弾の販売が開始される
販売ページだけでなく、 特設ページも出ています(サンプルもきける)。DLsiteは同人フロアと商業フロアに分かれていて、商業フロアでは販売本数が表示されないなど売り場としての性質がいくつか違っているんですが、これは同人フロア *4での販売です。 特設ページによると、「一ヶ月の期間限定」とDLsiteは通常行われない販売形態をとっています。また、販売ページでは同人フロアでありながら販売数が表示されないようになっていて、おそらく販売数ランキングの対象からも外れています。今回が初出なのか、そうでないのかは分かりかねますが、何らかの特殊な形態で販売されているようです。

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これらを踏まえると、DLsiteとにじさんじの間に公式なやりとりがあり、コラボ音声を販売するという企画が出来上がり、代わりに成人向け二次創作が販売停止されることになったことが見て取れます。

ただし、いくつかはっきりしないことがあります(なので、今後何か追加の情報があった場合、この記事は書き直される可能性があります)。 まず、削除要請の規模について、「にじさんじ所属ライバーを題材とした成人向け作品」に該当する全ての作品に要請が出たのか、何か別の要素も絡んでいるのかは不明です*512/17追記 ねとらぼの取材によると、規模は90件で全ての該当作品が削除されたようです)。 加えて、削除要請が「コラボ企画」に伴ったものである、ということはタイミング的に確実だと思いますが、明言されてはいません12/17追記 ねとらぼの取材によると、無関係であるという見解のようです。この点については疑問が残るので、記事の末尾で補足します)。いずれにせよ、DLsiteやにじさんじから経緯についての説明が欲しいところです。

さてここで問題になるのは、コラボ企画や販売停止措置自体の是非ではなく、DLsiteの判断として、コラボ企画と成人向け二次創作の販売が両立できないがゆえに販売停止を選んだということです。 確かに、コラボ企画のために、無許可の成人向け二次創作というグレーゾーン*6を取り除くというのは、妥当な判断とも思えます。しかしDLsiteには、そのグレーゾーンを「応援する」という立場をとってきました。

がんばろう同人」は2020年にコミックマーケット準備会が主導したプロジェクトおよびスローガンです。その一環として実施された「エアコミケ」はECサイトコミックマーケットの代替を実現する試みで、DLsiteも特設ページを設けて参加し、二次創作を含む同人作品の販売を積極的に支援するキャンペーンを行っていました。 またそれに先駆けて、同人誌即売会が次々に中止される状況に、イベント頒布を予定していたサークルの手数料を無料にするなど、DLsiteは販路を失った同人作品の販売を支援する姿勢を明確に打ち出していました。 もちろん、その中には成人向け二次創作も含まれているはずですが、DLsiteがそのことを特に咎めたり、注意喚起を行った事実はありません。 さらには、2021年1211月にはDLsite成人向け同人フロアで「VTuber作品はこちら!」と題したキャンペーンを実施しています。DLsiteで公式に用意されている「VTuber」ジャンルに登録されている作品を一覧して見られるページへのバナーがトップページに特設されていた*7 ものです。もちろんにじさんじ所属ライバーを題材とした成人向け作品も含まれていました*8。 グレーゾーンが排除の対象になるのは仕方がない、というのが一般論として成り立つにしても、DLsiteはそのグレーゾーンな部分を腫れ物のように扱ってきたわけではなく、むしろ支援してきたという事実はいくつもの点から伺えることです。

このように、厳しい状況に置かれたユーザーを「応援」するとして集客しておきながら、風向き次第で問答無用の切り捨てを行うのは、作品を購入するユーザー、あるいは作品を登録するユーザーの視点から見れば、あまりにも都合の良すぎる態度です。 一度は大々的に推進していた方針を、時代の流れに従って転換するということは、たとえば、クレジット会社からの要請によってやむを得ず、という苦しい判断の場合もあるでしょう。 しかし、コラボ企画の実施は、DLsiteが完全に自発的な判断で行ったものです。ユーザーの信用を守るために方針を死守する、そういう判断もできたのに、そうしなかった。それどころか、DLsiteはほとんど告知もなく、メール一通のみでこの転換を済ませてしまいました。表現規制の問題やクリエイター支援プラットフォームの炎上は後を絶ちませんし、クリエイター支援プラットフォームが上述のように日々苦しい判断に迫られていることも理解できなくはありません。しかしここで行われているのは、(「DLsiteに登録されているにじさんじ所属ライバーを題材とした成人向け作品」という非常に限定的な影響範囲しかないために見過ごしてしまいがちですが)率直に言って表現規制以前のムチャクチャではないでしょうか。

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「DLsite」を運営する株式会社エイシスは、2021年にDLsiteがサービス開始から25周年を迎えるとともに、12月1日に新会社「viviON」の子会社になりました。

www.itmedia.co.jp

グループ再編の経緯や目的はよくわかりませんが、エイシスがここ数年拡大していた新規事業や求人情報がviviONに移っていることなどから、エイシスはDLsiteを運営する屋号あるいはセクションとして残り、総合的に二次元コンテンツ事業を行う企業としてはviviONが主体になって動いていくということでしょうか。

興味深いのは、viviONのWebページに掲げられている企業理念と取り組みです。

vivion.jp

ミッションとして、「すべての二次元オタクを幸せにする」、パーパス「ユーザーとクリエイターが楽しみながら、幸せに生きていける社会にする」を掲げています。

数多くのクリエイターたちがもっと自由に、もっと幅広い活躍ができる場をもっともっと増やす事が必要です。 私たちはクリエイターたちをいかに楽しませるかを考え、彼らを支援し、良いものが作れる環境を用意することにも力を注いでいきたいです。 クリエイターがただ単に制作を楽しめるだけでなく、それをどうすれば"稼ぐ"という商売に繋がるかをしっかりと考えた上で、クリエイターが活動できる場を展開していきたいと考えています。 また、「二次元といえばviviONだよね」と世界で呼ばれるためにも、今後はより海外進出にも力を入れて取り組んでいきたいと考えています。

viviON(あるいはエイシス)は、ECサイト事業者であると同時に、特に「クリエイター」という言葉を用いて、オタクに寄り添うことを一貫して打ち出してきた企業です。 また実情としても、DLsiteは比較的モザイクや言葉狩りが少なく、良心的な運営が行われているとされてきましたし、FANZA会長の同人誌に対する発言が炎上し、FANZAでの販売を停止する同人作家が現れたり、DLsiteに移住が行われたことは記憶に新しいです。

DLsiteはとても楽しいWebサイトです。日々新しいコンテンツが登録され、ユーザーサポートは手厚く、使いやすさも工夫されています*9。何より熱があります。 しかし(当然のことながら)DLsiteが便利であることや、ユーザーがたくさん集まることや、FANZAがクソであることはDLsiteが「オタクの味方」であることを意味しません。 なぜなら、「オタクの味方」のようなものは存在できないからです。

viviONの言葉を借りましょう。

オタクカルチャーにはさまざまな多様性があり、個々で大切にしている思いも異なります。クリエイター側とユーザー側で求めるものが大きく異なる場合もあります。そのすべてのオタクを幸せにするためには、常にお客様が何を求めていて、何を一番大切にしているかをしっかりと捉えることが、何よりも大切であると考えています。

その通り、「オタク」という言葉が包含する私たちは、求めているものや大切にしているものは大きく異なり、相容れないものであることをviviONも私たちも何度も確認しなければなりません。そして、すべてのオタクは幸せでなければなりません。企業を支えるに相応しい、力強く正しく美しい言葉です。 ただしこの文章は誤りを含んでいます、私たちが何を求めていて、何を一番大切にしているかをしっかり捉えるべきなのは、viviONではありません。 その誤りで、私たちがDLsiteに怒るべき理由には十分です。

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最後に補足的な論点に触れておきます。

DLsiteはもともと二次創作メインのサイトではなかったので、二次創作の保護が重視されないのはある程度仕方ないのでは?

確かにそうかもしれません。私の感覚としても、DLsiteで購入するもののうち二次創作が占める割合は数%にも満たないので、例えばメロンブックスとらのあななどと比べると、DLsiteとしても二次創作にそれほど深い関わりがあるというわけではないでしょう。Twitter上でちらほら聞く、DLsiteは二次創作の削除要請が多いという噂も、ありうる話だと思います。

DLsiteになぜ二次創作が少ないかというのは、そもそも二次創作の電子販売自体にちょっと特殊な事情があるということもあり、簡単に結論が出るものではなさそうです。ただ、上記の通り二次創作を含む同人活動を応援するという立場は明確に述べられている以上、それを簡単に撤回してしまう、というやり方に問題があることは変わりません。むしろDLsite全体の利益として小さければ変わり身を行ってよいという考えがそこにあるならば、例えばロリ、獣姦など、これまでDLsiteが比較的強いとされてきた分野でも、風向きによっては簡単に切り捨てられてしまうということになるでしょう。

DLsiteで企画を進めていたところと、販売停止を行ったところはまったく別に動いていて、たとえば要請に基づいて機械的な手続きとして削除が進んでしまったのでは?

不幸な事故説です。DLsiteの内情については全く知りませんが、けっこうありそうなことにも思えます。 ただ不幸な事故だというなら、本当に安心してコンテンツ販売ができるプラットフォームを目指すなら、丁寧に経緯の説明をするべきだし、そうならないように自身のありかたを見直してほしいというのがいちユーザーとしての感想です。 また、コラボを交渉するだけの関係を築いているので、機械的な手続きが全てだったというのは苦しいはずです。

(12/17追記)DLsiteは、販売停止はコラボの有無とは関係なく、権利者からの要請に基づいて通常の対応を行ったと言っている。DLsiteに責任はないのでは?

ねとらぼの取材によると、権利者からの相談は以前からあり、12月9日に正式な要請があったということです。 本文の内容の繰り返しになりますが、コラボ企画や販売停止措置のそれぞれには大きな問題はないでしょうから、DLsiteの見解に文字通り沿えば、至極当然の対応を行っただけに見えます。

ただし、コラボと販売停止の時期が一致していることや今回のような措置がDLsiteだけで行われていることから、実態としてはコラボと販売停止がひと揃えになっていることについて、DLsiteからの説明はありません。また、DLsiteはそのような販売停止措置のタイミングがユーザーに不信感を与えてしまったという見解は持っていないようです。あるいは、それらの意思決定は全てANYCOLOR株式会社が行ったことで、DLsiteは責任を持たない、ということなのでしょうか。経緯の説明がされていないので、判断できないところです。

また、こちらは新しい情報ですが、「以前から相談があった」のは「VTuber作品はこちら!」の以前だと思われます。権利者から相談を受けていながら売り物としては積極的に販売を行うことを含めて、DLsiteの「従来通りの対応」ということなのでしょうか。いずれにせよ、DLsiteはANYCOLOR株式会社と主体的に交渉ができる関係にあり、かつ「相談があった」コンテンツを積極的に販売しながら、販売停止措置に関しては「言われたらからやった」以外の立場を持つつもりはなさそうです。 これまでの補足で述べた通り、DLsiteが今後も同様の立場にあくまで固執するなら、単なるECサイトではないクリエイター支援プラットフォーム、というDLsiteの独自性は既に損なわれているでしょう。

*1:個人的には、二次創作をできるだけ守ろうとする動きを応援したいのですが、権利関係の問題はケースごとに複雑で、一概に述べられることではありません。また、このような個別のケースを扱う場合も、そもそも無許可の二次創作であることと、成人向けであることを注意深く切り分けて……といった議論から始める必要があり、規制の是非じたいについて論じるのはとても難しいです。

*2:「販売停止を撤回してコラボを中止」は……起こり得ないとは思いますが誰も幸せにならない結末です。コラボ企画は絶対に続けるべきです。

*3:私は同人音声リスナーですが、VTuberと同人音声が交わること自体は、歓迎すべきことです。DLsiteの一般向け音声作品のランキングがすっかり有名声優に塗り替わってしまったことについては別件で思うところはありますが、それでも同人音声という概念は、新しい流れの中で思っていたよりもうまく形を変え続けられているように感じます。たとえば周防パトラの音声は同人音声リスナーの間でもかなり好意的に迎えられましたし、今回の件についてもコラボ企画が行われ、販売されるだけならまったく平和な出来事だったと思います。

*4:同人音声には「企業サークル」みたいな概念があり(美少女ゲームを制作している企業が公然とサークル名義で音声を作っている)、「にじさんじは同人じゃないだろ」というツッコミは限りなく意味がないのでここでは議論しません。ちなみに商業フロアの音声作品も一応あり、ぱれっとビジュアルアーツ制作の音声が購入できます。

*5:VTuberジャンルで見たところ、ほぼ全滅しているように思います。

*6:ちなみに、ANYCOLOR株式会社は二次創作ガイドライン https://event.nijisanji.app/guidelines/ で明確に二次創作についてのスタンスを示してます。(12/17追記 ANYCOLOR株式会社は、)このようなガイドラインを策定し、「安心して二次創作活動を行っていただける」ことを目指すならば、今回の件が具体的にどうガイドラインに違反しているのかを明言するべきだとは思います。

*7:https://web.archive.org/web/20211202000227/https://twitter.com/soda_in_gumi/status/1465711509687107584

*8:今となっては確認できませんが、DLチャンネルのまとめ記事(R18記事の表示をONにしてください)などから、無視できない規模があったことが伺えます。

*9:サーバー障害は多い