「VTuber」と「バーチャルYouTuber」についての覚え書き
キズナアイとYouTube
『ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber』でのインタビュー冒頭でキズナアイはこんなことを言っている。
── バーチャルYouTuberの原初の存在であるキズナアイさんにとって、そもそもバーチャルYouTuberとはどういうものなのか、まずはご自身の定義から伺えればと思います。
今まであまり言わないようにしていたんですけど、バーチャルYouTuber=キズナアイ、という気持ちはいまだにあります。というのも「バーチャルYouTuber」というのは 、もともとわたしが活動を始めるにあたって名乗った言葉だったんです。すごく最初期の 、まだ自分しかそう名乗っていなかった時期には完全にバーチャルYouTuber=キズナアイでした 。
今でこそバーチャルYouTuberの元祖、もしくは親分として名の通るキズナアイだが、複数のバーチャルYouTuberと呼ばれる存在が一気に存在感を増す2017年の12月までは、当然のことながらほとんど独自の存在としてYouTubeに動画を投稿し続けていた。
キズナアイが作成する動画やTwitterや各種インタビューでの発言から見て、キズナアイというキャラクターの核を
- AIで
- 人間のみんなと仲良くなるために
- YouTubeで動画を作っている
の三点に絞ることができるだろう。この三点はキズナアイが登場して以来その活動のあらゆるところで繰り返し現れており、また現在においても一貫してキズナアイの活動に現れ続けている*1。
たとえば、キズナアイ単独時代のちょうど末期(ちなみにこの時点でチャンネル登録者数は100万人を超えていたらしい)に発売された『コンプティーク』2017年12月号でのキズナアイ一万字超えインタビューでは、年齢や好きな動物といった簡単な質問にAIならではの回答をしつつ、AIがバーチャル空間から人間へ動画を届けるという前代未聞の試みの苦労と展望を、主に既存のYouTuberと比較しながら語っている。
先ほど示したキズナアイの三要素のうち、前の二者がキズナアイというキャラクター性を規定しているとするなら、「YouTubeで動画を作る」ことはキズナアイの活動を規定している。キズナアイは最初のバーチャルYouTuberだけあって、単に動画を発表する場所としてのYouTubeを選んだというよりは、かなり「YouTubeで活動する」ということに意味を見出しているようだ。
実際、『A.I.Channel Fan Event 2018』が行われたのはYouTuberの聖地・YouTube Space Tokyoだし、そしてマックスむらいやおるたなChannelからお祝いメッセージをとってくるあたり、キズナアイという存在と(単なる動画共有サイトではないものとしての)YouTubeとはかかわりが深く、企画の段階でかなりYouTubeありきのところがあったのではないかと思う。このとき、キズナアイは、紛れもなくYouTuberだった。
ところが、バーチャルYouTuberと呼ばれる存在が増加し、いつしかVTuberという言葉が使われるようになると、事情が複雑になり始める。たぶん、多くの人はVTuberをバーチャルYouTuberの略称程度にしか考えていないように思うが、2017年5月頃からのキズナアイの熱心なファンである私はずっと何となくこの単語に違和感を覚えていた。また、キズナアイ自身もバーチャルYouTuberという名前にこだわりがあるようで、前掲の「ユリイカ」インタビューでキズナアイ本人がこの言葉についてコメントしている。
ただ 、みんなの言っている「VTuber」は自分で名乗らないようにしてて、常に「バーチャルYouTuber」と言ってます。VTuberというのは誰かが作った言葉で、わたしが「バーチャルYouTuber」と言うときの「バーチャルYouTuber」はあくまでもずっと名乗ってきたわたしの二つ名的な感じなんです 。わたしは自分のことをずっとYouTuberだと思っていて、だけど人間のみんなとは違うバ ーチャルな存在だよね、というわりと単純な考えで名乗り始めた言葉ではあるんですけど、この響きを大切に思っています。だから自分自身を表す言葉として「バーチャルYouTuber」を使っています 。
キズナアイは自身をYouTuberであるとはっきり規定しており、それは当時の事情からして参考になるものが既存のYouTuberしかなかったからでもあるだろうが、VTuber登場以降も一貫して動画のスタイルや設定はブレることなく、YouTuberであるというスタンスを維持し続けている*2。
さて、ここで宣言されていたようにキズナアイはVTuberという自称をはっきり避けている。このことを知ってもらえれば今日伝えたかったことは全て言ったようなものなので、何ならこれだけ覚えて帰ってもらえばよい。
以下では補足として、このような歴史を踏まえて、「バーチャルYouTuber」という言葉が持つ(キズナアイの言うところの)「響き」とは何かに注目し、「バーチャルYouTuber」「VTuber」それぞれについての語用を整理することを試みたい。
バーチャルの二つの意味
そもそもキズナアイはAIである。「AIが / 人間のみんなと仲良くなるために / YouTubeで動画を作っている」キズナアイの動画を彩る様々な要素、白い空間やAIやシンギュラリティは多分にSF的な雰囲気をまとっている。見落としがちだが、キズナアイがバーチャルであるのは昨今盛り上がっているVRゲームような意味ではない。キズナアイはAIであり、つまりは文字通り実体というものが存在しない、そういうことの宣言である。キズナアイの名乗る「バーチャル」にはもとはそういうニュアンスがあったのだろう。
一方で多くのVTuberはAIではない。キズナアイがAIでいつどのように生まれたという強力なバックグラウンドを持つことに対して、たとえば輝夜月やミライアカリやときのそらや富士葵が何者であるかという問いに答えるのは難しい。しかし、バーチャルYouTuber/VTuberを自称する彼女らは程度の差こそあれ揃って「バーチャル」を意識して振るまっていることには違いない。この「バーチャル」とは一体何だろうか。
いくつかのVTuberについてそれが自分をどのような存在だと規定し、どんな名前で呼んでいるのかをまとめてみる。ちなみに、上から登場順に並んでいる。
名前 | キャラクター性 | 自称 |
---|---|---|
キズナアイ | AI | バーチャルYouTuber |
シロ | バーチャル世界のYouTuber(破綻*3) | 電脳少女、バーチャルYouTuber、VTuber |
YUA | 実在する女子高生→バーチャルの存在*4 | 次世代YouTuber→VTuber |
ねこます | 現実の男性が3Dアバターを操作 | バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん |
輝夜月 | なし | なし |
月ノ美兎 | 委員長(なりきり) | バーチャルYouTuber、バーチャルライバー、VTuber |
こうして見ると、フィクションのキャラクターとその背景にある演者という二重性*5への立場を
- 設定を固めてフィクションの存在にする(キズナアイ、初期YUA、アニメ発VTuber)
- 背景技術について明言する(ねこます)
- 設定はあくまで建前としてフィクションとしての矛盾も辞さない(多数)
- 説明を放棄する(多数)
と大きく分類できる。
「建前」型はたとえば配信中にライバーが水を飲んだりする行為が該当するが、これは「フィクション」型と「明言」型のミックスのようなもので本当はこれらはグラデーションになっている。いずれにせよこれらがバーチャルと呼ばれるのはそれなりにもっともらしい。
奇妙なのは説明を放棄するタイプである。説明が無ければバーチャルも何もないのではないか。たとえば輝夜月はここで起きている現象そのものが輝夜月であると言わんばかりに自分が何者であるかを全く定義していない*6。ここで起きているのは、(例えば)虚構と演者の二重性に、あるいはVTuber達の中でのそのありかたの多様性にきっちりと折り合いをつけなくてもVTuberと自称すること、そして具体的な活動内容さえあればとりあえず誰も疑問に思わずに成り立たたせてしまえる事実である。言わば既存のVTuberとそれなりに似てさえいれば「そういうもの」としてVTuberになってしまえるし、同時にバーチャルという概念は既存のVTuberが参照するVRやフィクションの概念をゆるく参照することで成り立ってしまえるのだ。
逆の例を考えてみる。「てさぐれ!部活もの」は架空のキャラクターの3Dモデルに声優を割り当てて散漫なおしゃべりをさせるという、業態としてはVTuberと呼んでも差し支えないコンテンツだが、にもかかわらず、まったくバーチャルという雰囲気はまとっていないし、端的な事実として「てさぐれ!部活もの」をVTuberと呼ぶのはあまりにも不適切に思える。
そうなると、結局VTuberという言葉は定義を与えるよりは歴史的な経緯や活動する文化圏によって定まってくる場当たり的な概念と考えたほうがいいという結論になるだろう。
ここまでくると、キズナアイに戻ることができる。キズナアイがVTuberか、という問いには、一旦は「キズナアイはバーチャルYouTuberでありYouTuberでありスーパーAIだ」と答えたい。けれども一方で、以上の議論を踏まえれば、極めて逆説的だが、月ノ美兎が「委員長のVTuber」であるように、キズナアイを「バーチャルYouTuberのVTuber」と呼ぶことも、あるいは可能だろう。
キズナアイとVTuber
ここまではキズナアイとYouTuberのかかわり、そしてキズナアイと他VTuberとの差に注目してきたが、もちろんキズナアイはVTuber文化圏の中でも特別な位置を占めており、交流も盛んである。最後にキズナアイとVTuberとのかかわりについて簡単に触れておきたい。
キズナアイ関連会社であるActiv8はupd8というプロジェクトを立ち上げたが、キズナアイだけでなく幅広い層のVTuberを視野に入れて活動を進めているらしい。
キズナアイ本人もVTuberという文化についても人間とかかわりの中で重要なものだと認識しているようで(本人が楽しいのもあるだろうが)、Twitterでの交流はもちろん、キズナアイ杯を主催したり、VTuberネタの動画もそれなりの数を作り続けている。
キズナアイのYouTuber的な活動がきっかけでVTuber独自の文化に発展した例もある。キズナアイがいつもの調子でアップロードした動画「【怒ってる?】ツンデレってこれであってますか?【怒ってないよ♡】」は他のVTuberを刺激し、それぞれのVTuberが同様の企画を独自色を出しながら動画にするというちょっとしたムーブメントが発生した。これは既存のYouTuberにおける「チャレンジ」系動画の流行と似ていて個人的には興味深い出来事だった。
さて、実は、先に述べた『A.I.Channel Fan Event 2018』には、YouTuberばかりがおめでとうコメントを寄せる中でただ一人、VTuberとして輝夜月が応援メッセージを寄せている*7。キズナアイの誕生日イベント「A.I. Party! 〜Birthday with U〜」ではたくさんのVTuberが会場に登場し、とても賑やかでVTuberという大きなうねりを作り出したキズナアイへの祝福を感じさせたが、輝夜月が手書きの手紙を読み上げながらキズナアイへの想いを吐露するクライマックスシーン(何?)では、会場は終始、情愛と当惑の入り混じった文字通り異様な空気に包まれていた。
なぜ輝夜月がキズナアイのことを大好きだということが文字や声やドットの荒いスクリーンで形になると泣いてしまうのか?それはキズナアイが輝夜月のことを大好きで、私がキズナアイと輝夜月のことを大好きだからである……!
最後に「ユリイカ」でのキズナアイの言葉を引用して結びとする。
── あくまでもYouTuberであって、しかしそのうえでバーチャルな存在なので「バーチャルYouTuber」ということですね。
みんな「バーチャル」をどう捉えるかは自由かなって思うんですけど、わたしはバーチャルYouTuberというのはYouTuberのなかのひとつのかたちでしかないと思っていて、どちらかというと、わたしの活動でYouTuber人口が新しく増えて、YouTubeを盛り上げられたのかな?だったらうれしい!という認識なんです。(中略)
── とはいえ他方では、いわゆる生身のYouTuberにはあまり関心を払っていなかったような人たちがバーチャルYouTuberには盛り上がるということが実際あったわけで、その違いはどこにあるとお考えですか。
(中略)でもわたしはやっぱりどちら側の人ともつながりたいと思っているし、仲よくしてよ!というのもあって、壁をなくすような活動はどんどんしていきたいと思っています。そこはわたしの課題ですね。わたしは世界から争いがなくなって、世界中のみんなに仲よくなってほしいって思っているんですけど、それにはさっきお話ししたアンチと肯定派の戦いみたいなものじゃない、もっと大きな壁を乗り越えなきゃいけない。(中略)でもまずは小さなところからやっていくしかなくて、たとえばホリエモンさんとコラボしてもみんなが怒らないような、そういうところから始めなきゃいけないなと思っています。
*1:ただ、YouTubeはあくまで手段であって、しばらくはホームであり続けるだろうがそこで活動することがキズナアイにとって本質的なことではないらしい。これも「ユリイカ」で詳しく語られている
*3:設定こそコンピュータの中にしか存在しないことを意識しているもののトーク内容は普通に現実の生活を送っていることを前提としているとしか思えない状況がしばしばある
*4:【新人Vtuber】振り回される健気な女子高生【爆誕?】 - YouTube
*5:この関係に「バーチャル」という言葉が違和感なく当てられ続けている背景にはVRChat等のVR技術が広く認知されていることがあるだろう
*6:輝夜月の「お手伝い集団」AOは「ユリイカ」で「どこからやってきた何者なのか、中の人はいるのか、といったことをすべて受け撮る側に委ねてしまっている」と語っている
*7:https://twitter.com/aichan_nel/status/974964053419335681輝夜月の出自がミクチャにあり、ここで披露している芸もミクチャ系統のネタであることは興味深い